複利運用は、手法の優位性を「時間という増幅器」に通す作業です。けれど設計を誤ると、グラフは美しくても現実はショックに弱くなります。本稿は再現可能な複利シミュレーションをつくるための実務ガイド。固定%法と月次リバランス、さらにモンテカルロでドローダウン耐性を点検し、どこまで攻められるかを数で確かめます。
もくじ
この記事のゴール
- あなたの手法に合わせた複利シミュレーション表を自作できる。
- 月次リスク再設定と取引ごとの固定%法の違いが理解できる。
- モンテカルロで「最悪ケースの振る舞い」を事前把握できる。
複利の基本:何を増幅しているのか
複利は「資本×期待値×試行回数」を増幅します。期待値(1回あたりの平均利益)は EV = 勝率×平均利益 − (1−勝率)×平均損失
。複利では損益が残高へ折りたたまれ、次のロットに反映されます。ゆえにロット算出のルールが、見かけ以上にパフォーマンスを支配します。
前提条件の置き方(勝率・RR・リスク%・頻度)
- 勝率 p:バックテスト/ジャーナルから算出。50%なら
p=0.5
。 - 損益比 b(平均利益÷平均損失):1.2、1.5、2.0など。
- リスク% f:1トレードあたり口座の何%を賭けるか(例:
f=0.5%〜1%
)。 - 試行頻度 n:月あたりの平均トレード数。
- 最大連敗 L:過去分布とモンテカルロで推定。
複利の失敗は、前提の楽観寄りから始まります。数字は控えめに、コストは厚めに置くのが鉄則です。
計算式と2つの複利方式(取引ごと/月次)
取引ごとの固定%法
毎回の許容損失を Loss = Equity × f
と置き、ロット = Loss ÷ (SL × pip価値)
で決めます。結果により Equity が更新され、次回のロットが連動します。反応が速い一方で、連敗期にロットが縮むため回復に時間がかかることがあります。
月次リバランス
月初に Equity_month_start
を固定し、月内はその基準でロットを一定%算出。月末に残高を確定し、翌月の基準を更新します。事務運用が楽で、スリップしやすい相場でもロットのブレを抑えられます。
スプレッドシートで再現:列テンプレ
以下の列を用意すると、1行=1トレードの複利表が作れます。
- 日時 / 銘柄 / セットアップ
- 口座残高(始) / 許容損失 =
残高×f
- SL幅pips / pip価値 / ロット数 =
許容損失 ÷ (SL×pip価値)
- 結果(勝=1/負=0) / RR(1.0, 1.5, 2.0など)
- 損益 =
勝×(RR×許容損失) − 負×許容損失
- 口座残高(終) =
残高(始)+ 損益 − コスト
コストにはスプレッド、手数料、滑り(負方向に線形上乗せ)を含めます。
モンテカルロで「運の揺らぎ」を可視化
勝ち負けの並びを多数回シャッフル(例:10,000経路)し、最終残高の分布や最大ドローダウンの分布を観察します。中央値(50%点)だけでなく、下側のパーセンタイル(5%点、1%点)を主に見ます。経営は最悪側の現実に耐える設計が9割です。
手数料・スリッページの影響
複利は小さな差を雪だるま式に増幅します。スプレッドや手数料が0.1RR悪化すると、年率では数十%の差になることも。表では損益計算の前に固定コスト、約定後に追加スリップを引く設計にして、悲観側で見ておきましょう。
ケーススタディ:保守/標準/攻め
同じ手法(p=0.5, b=1.5
)でも、リスク% fで曲線は大きく変わります。
- 保守:
f=0.5%
。滑らか。停滞期が長引いても精神が崩れにくい。 - 標準:
f=1.0%
。伸びと安定の中庸。多くの口座で現実解。 - 攻め:
f=1.5%
。伸びは速いが、最大DDと回復日数は大幅増。
12か月の複利サンプル表
前提:初期残高=1,000,000円
、f=1.0%
、月間10トレード
、月次リバランス
、月期待値=+2%
(コスト込)。
シンプルな目安ですが、着地感を掴むのに有効です。
月 | 月初残高 | 月間損益(%) | 月末残高 | 想定最大DD(目安) |
---|---|---|---|---|
1 | 1,000,000 | +2.0% | 1,020,000 | -3% |
2 | 1,020,000 | +2.0% | 1,040,400 | -3%〜-5% |
3 | 1,040,400 | +2.0% | 1,061,208 | -5% |
4 | 1,061,208 | +2.0% | 1,082,432 | -5%〜-7% |
5 | 1,082,432 | +2.0% | 1,104,081 | -7% |
6 | 1,104,081 | +2.0% | 1,126,163 | -7%〜-9% |
7 | 1,126,163 | +2.0% | 1,148,686 | -9% |
8 | 1,148,686 | +2.0% | 1,171,660 | -9%〜-12% |
9 | 1,171,660 | +2.0% | 1,195,093 | -12% |
10 | 1,195,093 | +2.0% | 1,219,095 | -12%〜-15% |
11 | 1,219,095 | +2.0% | 1,243,477 | -15% |
12 | 1,243,477 | +2.0% | 1,268,347 | -15%〜-18% |
実際には月ごとのバラツキが大きいので、次章のモンテカルロで上下の揺れを必ず確認します。
ドローダウン耐性とリスク調整
連敗と負の連鎖は避けられません。そこでデレバ規則(例:7連敗→リスク半減、回復で復帰)をルール化。相関が高い銘柄の同時建ては、総リスク%上限(例:同時合計3%以内)を設けます。
運用ワークフロー(テンプレ)
- 月初に基準リスク%と運用方式(固定%/月次)を決定。
- 毎トレードでSL幅×pip価値からロットを計算。
- 週次で実現RRと勝率を更新、想定との差を点検。
- 月末にモンテカルロを再走し、DD分布の悪化がないか確認。
よくある質問
Q. 「月利○%」の目標はどう置く?
A. まずは生存率を最優先。期待値×頻度から逆算し、「手法が自然に生む成長率」を観察します。目標は結果であって、入力ではありません。
Q. 途中入出金は?
A. 月次リバランス派は、月末での反映が簡便。固定%派は入出金時点でのEquity
を即座に基準にします。
Q. ケリー基準は使うべき?
A. 実務では半ケリー以下を目安に、固定%法の上限チェックとして使うのが妥当です。
まとめ
複利は魔法ではなく設計図。控えめな前提、丁寧なコスト見積もり、そしてモンテカルロで最悪側を点検する——この三点セットが、あなたの資金曲線をなめらかにし、途中離脱の確率を下げます。シミュレーションは一度作って終わりではありません。相場と同じく、走りながら更新していきましょう。